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コラム

2017.9.1

『宇宙兄弟』から学ぶ(北村隆人)

 以下のコラムは、京都いのちの電話ニュースレター第107号(2016年10月発行)に掲載された拙稿「自分の思いを大切にする」を、改題して転載したものです。


 自分はこれからどう生きていけばよいのか。

 そんな悩みを抱く人に私たち援助者は出会うが、そうした人に援助を行う際に大切なことが一つある。それは、私たちが進むべき道を教えるのでなく、本人の思いを明確にすることを通じて、その人を主体的な決定へと導くことだ。

 この点について理解する上で、コミック『宇宙兄弟』の冒頭部分が参考になる。この作品は、幼い日に「将来宇宙へ行こう」と誓い合った兄弟が宇宙飛行士を目指す物語だ。

 開巻の時点で、弟は既に宇宙飛行士として活躍しているが、一方の兄は自動車開発の仕事に従事している。彼が宇宙への道を選ばなかったのは、優秀な弟と同じ道を歩むと湧き起こる劣等感に耐えられなかったからだった。しかしまもなく彼は自動車会社を退職し、それを伝え聞いた弟から宇宙飛行士の試験を受けるよう勧められた。この促しによって生じた迷いを解消したくなって、彼は恩人の女性天文学者を訪問する。

 ここで注目したいのが、この時の天文学者の対応だ。彼女は自分の考えは伝えず、兄を音楽演奏に誘い、昔の彼は「一番難しい楽器だから」という理由でトランペットを選んでいたと伝えた。「単にトランペットが一番金ぴかだったからじゃない?」と応じる兄に、彼女はこう問いかける。「じゃあ、今のあなたにとって一番金ぴかなものは何?」。この問いかけにより、兄は劣等感ゆえに忘れようとしていた宇宙への憧れが、今も心の中に残っていることに気がつき、受験を決意するに至る。

 このエピソードは、私たちに次の三つの点を教えてくれる。人はさまざまな理由で本当の思いを忘れてしまうこと。心の中に隠されている本心に気づくことで、より主体的に生きられるようになること。そしてそれに気づけるよう相談者を支えることが、援助者の大切な仕事だということ。

 ただそうした援助を適切に行うには、もう一つ大切な点がある。それは援助者自身が、自らの思いを大切にして生きていなくてはならないということだ。元々の兄のように自分の夢や思いを抑え込んでいると、それを大切に生きようとする他者の努力を正当に評価できなくなってしまう。

 だから良き援助者になるためには、私たちは折に触れこう自問しなくてはならない。私は、私自身の思いを大切にして生きているのか。そして、自分の生き方に本当に納得しているのか、と。