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コラム

2020.1.5

アニメーションの力(北村隆人)

 以下のコラムは、京都いのちの電話ニュースレター第113号(2019年11月発行)に掲載された拙稿を、転載したものです。


 今夏に発生した京都アニメーションの放火事件は、私が精神科医として診療している方々にも大きな影響を与えた。多数の死傷者が出たことへのショック、犯人が精神障害者ではないかという報道がなされたことで生じた不安。そうした思いを吐露された方がいた一方で、京都アニメーションへの感謝――精神的に苦しかった時に、京アニの作品に励まされたことへの感謝――を述べた方もいた。

 その方のように、私たちはすぐれたアニメーションによって深く心を動かされ、生きる励ましを与えられることがある。そのような心を動かす力は、アニメーションのどんな要素に由来するのだろうか。

 まず目につく要素として、心を打つストーリー、丁寧に造形されたキャラクターの魅力、声優の繊細な表現力などが挙げられよう。ただここで注目したいのは、アニメーションの持つ異化効果の力だ。

 異化効果――それは見慣れた光景や人間の何気ない言動であっても、アニメーションとして表現されると、何か特別なものとして目に映る効果のことである。例えば、ありふれた街の景色が、アニメーションとして表現されると深みをたたえた風景に見えたり、主人公がただ跳躍するだけの動作に、現実の人間以上に生命力を感じて感動を覚えるのは、この効果の表れだ。

 なぜそのような効果が生まれるのか。それはアニメクリエーターが、何気ないものの中に潜む存在の豊かさを掬い上げ、専門的技術を用いてそれを表現の中に落とし込み、観客に伝えようとしているからだ。そして、そのような膨大な努力によってアニメーションが作り上げられているからこそ、その作品を通して私たちは日常に潜在している豊かな意味に気づかされ、深い感動を体験することになる。

 そのようにアニメーションの力をとらえるならば、援助者である私たちの仕事にも、クリエーターの仕事と共通する部分があることに気づく。なぜなら、私たちもまた相談者が発する何気ない言葉を聴く中で、そこに潜んでいる豊かな意味を発見し、伝え返す努力をしているからだ。つまり私たちがクリエーターの方々と共有しているのは、この世界の意味を発見し膨らましていく努力だということだ。

 だから私たちはこれからも、相談者の語りを聴くことを通じて、この世界の意味を深く理解し、その理解を伝え返していこう。今回の事件で命を奪われた方々が、これまで積み重ねてこられた努力を無駄にしないためにも。そして、あらゆる存在の意味を奪っていく破壊的な力に、私たちの努力で対抗するためにも。