思い出す(リメンバー)という行為は過去でなく、現在なされていることがらです。われわれが思い出すのは、いま起こっていることをよりよく理解するためなのです。そういう意味でわれわれは、現在を思い出し心に留めるために、過去を使っているのです。
(ダニエル・N・スターン著『母親になるということ』)
心理療法では、過去のできごとやそのときの気持ちが思い出されて、来談者の方から語られることがよくあります。その時には消化できずに、これまで自分の中で心の奥深くに押し込められてきたこと、これまで誰にも言えないでいたことを、語っていただく場面です。
それに対して「過去にばかりこだわって、無駄なことをしている」「もっと現在や未来のことに目を向けるべきだ」という批判を受けることがあります。しかしここには、過去や記憶について、また思い出すということについての誤解があると思います。
記憶は単なる「過去の倉庫」ではありません。それは現在目の前にある状況を、ほかでもない自分の歴史と照らし合わせて理解するために、いま呼び起こされている物語です。その物語はそれなりの理由があってその人のものの見方となり、現在の状況との向き合い方を形づくり、その人の行動を決め、ひいてはその人の将来を決めてゆきます。過去のできごとが思い出されるとき、それはかならず今とも響き合っており、それが今後をつくってもゆくのです。
私たちが来談者の方から過去についてのお話をうかがうとき、それは一つには、その過去についての語りの中にあって今と響き合っている物語を、来談者の方と一緒に見てゆき、知ってゆく意味をもっていると思います。何度も現れてくるそれを一緒に見てゆくうちに、来談者の方はしばしば自分でも、日常の中に現れてくる過去、現在と二重写しになっている過去に気づいてゆかれます。心理療法面接がない合間の日にも、そういう時間は進んでゆきます。そうして気づいた頃にはもう、その過去の影響というものにそれほど縛られたり、左右されなくなっておられます。
心理療法で得られる気づきというものは、テレビドラマで描かれるように劇的な一瞬に得られるというよりも、たいていはそのように静かなくり返しの中で、少しずつ確かなものになっていくように思われます。