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コラム

2021.1.26

「ため口」と尊厳(北村隆人)

 以下のコラムは、京都いのちの電話ニュースレター第114号(2020年3月発行)に掲載された拙稿を、転載したものです。


 私が以前、総合病院で勤務していた時、一つ気にかかることがあった。それは医療スタッフの中に、年輩の入院患者さんに対して子どもに話しかけるような言葉、いわゆる「ため口」を使って話しかける人がいたことだ。
 ――「今日は調子どう?」「ご飯のこしたんやね」「いいよ、いいよ」
 なぜそんな言葉を使うのだろうか。あるスタッフからは、「患者さんに親しみを感じてもらうため」だと説明された。確かに「ため口」には形式張った言葉よりも心の距離を縮める効果があるかもしれない。しかし現代では、このような言葉で話しかけられた時、親しみではなく失礼さを感じる人が多いはずだ。それでも「ため口」を使ってしまうのは、何らかの無意識的な理由があるに違いない。

 まず浮かぶのは、スタッフと患者の間に生じる権威勾配の影響だ。スタッフは専門的な知識や経験を有しているが、患者はそうした情報を持っていない。この格差がスタッフの心に優越感をもたらし、「ため口」を使わせてしまうのかもしれない。
 あるいは、こんな理由も考えられる。患者さんに対して食事介助や排泄ケアを行うときに、援助者が行った育児の記憶――子どもにご飯を食べさせたり、おむつを換えた時の記憶――が刺激され、無意識的に子どもに話しかける口調になってしまう。
 また若いスタッフだと、まだ自分の専門性に十分な自信が持てないために、経験豊富な人のようにふるまいたくなって、ベテランが使う「ため口」を使ってしまうのかもしれない。
 おそらく実際にはこれらの理由が重なりあい、患者さんを懸命にケアしようとする中で気づかないうちに「ため口」を使ってしまうのだろう。

 ここで大切なことは、患者さんが「ため口」をどう体験するかという視点だ。
 私は、ある初老の男性患者さんから次の話を聴かせてもらったことがある。その男性が急に心不全状態に陥り、医師から即日入院と絶対安静を指示された。トイレも禁止されたため排泄ケアを受けたが、その際、若い看護師からこう声をかけられたのだという。
 ――「おむつの中、うんこ一杯でてるで。きれいにするからな」
 その前日まで周囲の人から年齢相応の敬意を向けられて生活していたその人は、若い看護師からこうした言葉づかいをされて深く傷ついた。しかしケアをしてもらっている手前、何も言い返せなかった。
 ――「でもほんまは、つらかったんや。なんであんな若いやつに子ども扱いされなあかんのや」。
 その方が声を震わせて語ったこの言葉に、私は援助者の何気ない「ため口」が、患者さんの尊厳を深く傷つける可能性があることを改めて気づかされた。

 先日、電話相談員も「ため口」を使ってしまうことがあると知った。それは医療スタッフと同様に、懸命に援助しようとするあまりに無意識的に取ってしまう習慣なのだろう。だからこそ私たちは常に思い起こさなくてはならない。その無意識的な習慣が、相手の方の尊厳を静かに傷つけていく可能性を。